癒し

昨日、すっごく可愛い犬のチワワを見ました。
服も着ていて、まるで着せ替え人形のようですが、
飼い主の愛情がたっぷりなのでしょうね^^

そんな私も一人っ子だったので、小さい頃から動物が
居ない時期がなかったんじゃないかというほど、
常に動物と一緒にいました。
私にとっては兄妹でもあり、友達でもあり、
良き相談相手だったり、私の心をいつも癒して
くれていたと思います。

でも動物アレルギーで、ムツゴロウさんのように
メチャクチャに触れ合うことが難しくなってきました。
最近は犬がいるお宅にお邪魔するときは、目薬と
点鼻薬がかかせません(笑)
それでも可愛くて、触りたくて、飼いたいんです!

最近までセキセイインコを飼っていたのですが、
病気だったのか短い命でこの世を去ってしまいました…。
お話はしなかったものの、私の手の中で寝ていたり、
抱っこをせがんだり、小さいながらも私たち家族を癒し、
とても大きな存在だったんです。
でも今は動物が何も居ないので、さみしい時が結構あります。

近い将来、育児から手が離れてワンちゃんだけに愛情を
たっぷり注げる時期が来たら、その時は思い切り
可愛がって、愛情たっぷりで育てたいなと思ってます。
例えワンちゃんでも、人間の赤ちゃんが一人増えるのと
同じくらい生活に変化があるでしょうから、やっぱり
何事にも余裕が出てからじゃないとダメですよね。

牛丼を外食で

久しぶりに外食で牛丼を食べました。
牛丼は家で作って食べるので、

外で食べることはあまりないのです。

父が肉が嫌いなのもあり、本当に久しぶりに食べました。

記憶に残っていたのはサラダです。
ドレッシングをかけて食べたのがとても美味しかったのです。

しかし、行った店にあったのは違うものでした。
ずいぶん経っていたので、状況が変わったのかもしれません。
記憶が正しいかも分からないので、店自体が間違っていたかもしれません。

味が自分の苦手なものだったので、「違っていたのかぁ~」と感じました。

こういうこともありましたが、メインの牛丼はとても美味しかったです。
汁がきちんとかけられ、染み渡っていました。

家とは違う味を味わえて、とても美味しかったです。
美味しく食べられたことから、後日また同じ店に行きました。

サラダには注意し、今度は牛丼でないメニューを食べてみました。

牛丼より自分の好みに合っていて、もっと嬉しくなりました。
家で作れるので、やっぱり家のが1番いいです。

それでも、たまに行ってみるのは、いいですよね。
サイドメニューがいい味を出していることも多いので、気分転換してみたい時などに行ってみるのもありです。

私も次にいつ食べるか分かりませんが、今回得たいい記憶はしばらく残り続けるでしょう。

サンタさん

友人の家の子ども(男児)は中学一年生にして、

まだサンタさんの存在を信じているよ
うだといいます。欲しいものを表明しておくと、それをくれるのはサンタさんなのだと
。それをきいて、えーっとビックリ。だって中学一年生って、けっこう大人びてくるじ
ゃないですか。
いろいろなニュースなどをテレビで見ても、『北欧からサンタさんの衣装を身にまとっ
たボランティアが成田空港に到着し・・・』などと言っているし、この情報社会、何か
と真実を知らされる機会が多いのではないかと思いますが・・・。
それで、何を欲しがっているのかといえば、ゲーム機だそうで、そこはイマドキの子ど
もですよねえ。自分たちの時はどんなんだったか、と話したのですが、同じゲームでも
、オセロとかチェス盤とかを欲しがっていて、それが枕元にあったのを憶えています。
それをくれたのがサンタさんかどうかなんて、あんまり考えた記憶がないなあ。とにか
く、朝、目を覚ましたら、枕元に包みが置いてあったのには、胸が躍りました。それも
、小学低学年までのことじゃなかったかなあ・・・。
これはひょっとして、彼は、サンタさんを信じているふりをしているのではないかとい
う話になりました。こちら大人たちこそ、夢がない?

ほんの数ヶ月は

「初めて電話で話した時、とても嬉しかったよね」

とスカイプで話している友人が言いました。
初めはスカイプでなくメールで話し、そこからだんだん電話、スカイプと発展していったのです。

それはほんの数ヶ月前のことで、あまり遠い記憶ではありません。

私は「そうだね」と思い出し、しみじみ感じていました。
初心に返ったような気持ちになったのです。

初めて話した時、コミュニケーションの苦手な私はしどろもどろで友人と話していました。
同時に、もっと仲良しになれた嬉しさを感じていたのです。

それから今になるまでスカイプの開始を挟み、気軽に話せるようになりました。

トラブルのある時もありますが、それでも気軽に話せる状態は続いています。
気軽に話すことも慣れ、当たり前の状態になりました。

いつも通り話をしている時、冒頭のことが突然出てきたのです。
本当にハッとしました。

気軽に話せるようになり出した時も、その様子が続くか分からない状態だったでしょう。

1つ1つの段階に慣れ、当たり前に続けてできるようになり、ずっと前からできていたかのように考え始めるのです。
トラブルでなかったので良かったですが、トラブルを起こしていたらと思うと大切さを痛感です。

トラブルでない時に思い出せたところが、なおさら救われました。

 マラソン大会

今日は延期で伸びたマラソン大会です。
マラソン大会というと、自分も冬になると朝学校に行って、校庭を
何週も走ったなぁと思い出します。

小学生のマラソンで一番腹が立つ思い出は、

黒澤先生という先生が、後ろから走ってきて
人の背中を押しながら一緒に走るというもの。
今でも感覚がありますが、とにかくゼーゼー言って辛かった。

そんな小学校も、もう40年近く経つので、建て替えの工事が始まりました。
長年の桜の木も切られたし、地元の反対も色々あったみたい。

その話はとりあえず。

マラソン大会ということで次男の応援に行きました。
長男長女は、行ったほうがいい?と聞いたら、どっちでもいいよーというもの。
だから、だったら行かないほうがいいんだろうなーと思って行きませんでした。

次男は自己ベストより遅れて走ってきましたが、顔をしっかり見せて、
「ちゃんと見てるよ!」と応援したら、嬉しそうでした。
1.2年生はまだまだ小さく、可愛い足を交互に出して、てろんてろん走る姿が可愛い。
まだまだ可愛い盛りを、大切にしたいと思います。

お互いに困ること

人間関係を築いていれば、自分・相手・

お互いが困ることはたくさん出てきます。
自分が困っていない時でも、相手が困っていれば自分が困っているかのように考える必要が求められるのです。

今、私はお互いが困ることを体験しています。
私は私、相手は相手で状況に合わせていかなければならないのです。
困る状況にはすぐならないので、待たなければならない不安があります。

それに向けて「やんなきゃ!」とこれからやれそうなことを意識するようにしていっている状態です。

困る状況になった時始めるより、少しはましな状況になるかもしれないからです。
準備期間がたくさんあるのですから、やっておいて損はないでしょう。

前からやりたいとは考えていましたが、今の状況に安心し続けてやっていない状態でした。
待っている状態になったら本当に困るでしょうが、新たな挑戦ができるのはいいことだと感じます。

また、今の安心し続けている状態が思っているよりずっと大切なものだと痛感しました。

何回も体験したので分かってはいましたが、慣れていれば分かっていても薄れてしまうものなのです。
幸い、安心し続ける状態にはいつかまた戻るらしいです。

これからどうなっていくかは本当に分かりませんが、納得のいくように歩いていけたらと。

箸を買う

集う虫たち

他芸術から演劇へ

1日2回シャンプーはOK?